庄内町議会 2021-03-02 03月02日-01号
(5) 長者沼 朝日町の大沼が観光スポットとなっているように、長者沼も浮島がかつては確認されており、また、昭和天皇が出目ブナ、片目のフナなどをご覧になったとされることから、観光地となりうる場所である。このことを案内板やホームページに掲載するなど観光情報として発信をすべきである。
(5) 長者沼 朝日町の大沼が観光スポットとなっているように、長者沼も浮島がかつては確認されており、また、昭和天皇が出目ブナ、片目のフナなどをご覧になったとされることから、観光地となりうる場所である。このことを案内板やホームページに掲載するなど観光情報として発信をすべきである。
また、昭和天皇が行幸された中島集落の長者沼、県下随一の低山湿地である大谷地湿原、ジュンサイが採れる大池、登録文化財の六渕砂防堰堤のほか、羽黒古道、殿様街道もある。 さらには全国的に有名な熊谷神社もあるほか、羽黒山開祖の蜂子皇子や徳尼公と三十六人衆のゆかりの地でもある。また、清流立谷沢川に遡上する鮎は有名で東北各地から釣り人が集まる。
昭和天皇が崩御され、平成となり、その4年前といいますか、昭和58年から今日まで約30年間、地方政治に生きてまいりました。今の気持ちを一言で言えば、感慨無量そのものであります。
昭和天皇が崩御されまして、時の官房長官、亡き小渕恵三氏がテレビ放映で次期年号を平成と名のり20年の歳月を迎えました。人間であれば当然記念祝賀の成人式に当たります。平成の時代こそ海波静かなる心安の御代であってほしいと国民ひとえに希望に満ちて平成元年を迎えたことをすごく覚えております。
ちょうど昭和天皇が亡くなったときにどういう年号にするかということで,現在の平成というのが出ました。これはご承知のとおり四書五経の中から選ばれたものであります。理由は,昭和時代は大変な時代であった。激動に明け暮れた,戦争,戦争,戦争というものであったと。それをなくしていこうじゃないかと。平らかにして成るということで平成というものが,国民の願いでつくられた年代の号であるとこのように解釈しておりました。